夏
遠浅のどこまでも続く海岸で両手を波に浸すと10本の指が新種のクラゲみたいに歪んで揺れる。
ナナちゃんの彼氏はヤクザだと聞いていたがそんな怖そうな人には見えなかった。その頃私は博多の歓楽街中洲のスナックでアルバイトしていて、ナナちゃんは同じお店で働くクラシックな顔立ちの女の子だった。ナナちゃんとヤクザの彼氏サワダさん、行きつけの喫茶店のマスターと私とで海に遊びに行ったなぁ。任侠だって夜の蝶だって夏を楽しんだんだ。今では彼らの顔もぼんやりとしか思い出せない。夕暮れの海の家で打ったマージャン、牌を積むサワダさんは手さばきが不自然だった。だって小指がなかったからね。ナナちゃんは新しい彼氏ができたがサワダさんから執念深く追われた。マスターはお店が潰れて行方をくらました。私はあの海とあの頃を忘れないようにしなきゃ。