sputniksweetheart1128's diary

メランコリックな日記かもです。だって心を持ってるんだもん。

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東京の街なかで蝶を見た。近くに大きな公園があるので、そこから気まぐれに飛んできたのかもしれない。流行ってなさそうな花屋に並べられたお祝いやお見舞いや萎れかけの花の周りをヒラヒラと飛んでいる蝶には、花の名前も人が想いをこめて贈りあう意味もわからない。

蝶は魂と死を導くと語り伝える国があるという。あの蝶は何を運ぶ途中だったのだろう。

人混みの中で蝶を探してみる。

何処にもいない。

手探りで生きるしかない私たちの人生の周りでは目に見えない蝶が飛び交っているのだろうか。

会話

 

 

 

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「自分が異邦人であることの確認といずれは立ち去っていく寂しさを認識するために、空間を移動して非日常に身を置き、日常との差異を取り出してカバンに詰めて帰ってきたいので、旅行に行かせてください」

 

夫に告げるとしばらく考え込んでいたがやがて口を開いてこう言った。

「人生は旅そのものなんだ。名所旧跡を訪れなくとも、その土地の名物料理を味わうことがなくても、旅人の心を持って過ごすことが出来れば、平凡な日常が好奇心と冒険に満ちた日々となる。そうなったらわざわざ遠くに出掛けることもないし重いカバンも必要ない。」

 

「それでは空気感と匂いと風を写し込めるカメラは売っていますか」

「高価な撮影機材を揃えるより君の感受性を磨いたほうがいいと思うよ」

「了解です、敬服いたしました」

 

※今日の会話を脚色してみました(大幅に)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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sky

遠浅のどこまでも続く海岸で両手を波に浸すと10本の指が新種のクラゲみたいに歪んで揺れる。
ナナちゃんの彼氏はヤクザだと聞いていたがそんな怖そうな人には見えなかった。その頃私は博多の歓楽街中洲のスナックでアルバイトしていて、ナナちゃんは同じお店で働くクラシックな顔立ちの女の子だった。ナナちゃんとヤクザの彼氏サワダさん、行きつけの喫茶店のマスターと私とで海に遊びに行ったなぁ。任侠だって夜の蝶だって夏を楽しんだんだ。
今では彼らの顔もぼんやりとしか思い出せない。夕暮れの海の家で打ったマージャン、牌を積むサワダさんは手さばきが不自然だった。だって小指がなかったからね。ナナちゃんは新しい彼氏ができたがサワダさんから執念深く追われた。マスターはお店が潰れて行方をくらました。私はあの海とあの頃を忘れないようにしなきゃ。

努力してるんです

 

 

 

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会社に設置してる給茶器のコーヒーが不味くて飲むたびに(飲まなきゃいいわけだが)“泥の味だよ…”と思うんだけど、考えてみれば泥なんて飲んだことないのだ。「かもめ食堂」みたいに呪文を唱えてみようか。コピ•ルアック。

客席に座ったまま頷いてるだけではつまらない。映画は監督になったつもりで観る。オーケストラを聴くときは指揮者になる。“わたしを解体してあなたの感動でわたしを満たしてください” 願いをかける。
週末はまた映画をみよう。そして少しは美味しいコーヒー。
 
 

幸せってなに

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ちょっと前はスピリチュアルとかヒーリングなどという言葉が盛んに使われていた。オーラが見える人だっていたんだ(真偽はともかく)。朝からテレビの占星術でささやかな祝福を受けたりどうでもいいアドバイスを聞き流したあと不確定な日常に立ち向かっていく。ほんの少しのマインドコントロール。

何かの席で隣り合わせた素人占いの男性から「戦時下に男性で生まれてたら軍神といわれるほどの戦果をのこしてただろうね」と告げられた。10代の小娘には恋の行方や金運が気になるところだし、そんな勇ましい仮の運命を告げられても特に嬉しくはなかった。あれから年月が過ぎて、戦場にこそでなかったけれど今でも自分の戦いを続けていることを彼に報告できたらいいのにな、と思う。負け戦でも不幸とは限らない。軍神と称えられなくても構わない。刀折れ矢尽きても。戦う。

物語がなければエロスにはならない

 

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父が勤めてた会社の当直で家を空けた日盗み読みした官能小説誌には、侏儒にいたぶられている女性や虐められて結い上げた髪を乱してる着物姿の女性のイラストがあって、子供心に衝撃を受けたのと同時に吸い込まれるように活字を追って読み耽った。今みたいにドライなエロスが溢れている時代では無かったし田舎の文学少女が手に入れられる興奮は秘密や物語をたっぷり含んだインモラルなものが多かったように記憶する。タンスを奥を探って古い写真を眺めたりもう使われなくなったレタリングの道具を触ってみたりして過ごすのも好きだった。成人してからは澁澤龍彦夢野久作を愛読するようになったのも頷ける私のヰタ・セクスアリス


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貧乏だったのよ

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今考えるとずいぶん貧乏だった。うちにお風呂ができたのが小学二年生の頃、電話もなく自家用車もなかった。九州の離れ小島に住んでいたので周りも貧しい家が多かったがうちは格別だったかもしれない。それでも衣食住に困ることは無かったので特に心痛めたり卑屈になったりはせずにすんだ。夏は籠いっぱいの枝豆やトウモロコシを頬張り、お盆に集まった従兄弟たちと花火をしたり蚊帳を吊った中でぎゅうぎゅうになって寝たりするのは楽しくて仕方なくて、毎日顔中で笑って暮らしてた。子供なんて無邪気なもので皆んなそうやって育つのかもしれないけれど、いろんな想いを抱えて生きていかなきゃならない大人になった今は、その頃の自分がかけがえのない宝物に囲まれて暮らしてたのだとわかる。何でもない夕方、お風呂上りに窓の棧に腰掛けて歌ったヒットパレード。敬老の日のおべっかばかり連ねた作文を喜んでくれたおばあちゃん。教室から見える海。どれもこれも大切な心に蓄えた私の宝物。